精神的状況はこんなでした
■家にいることが憂鬱
■他人の赤ちゃんの存在がつらい
■過去のやり直しを考える
受け止められない自分
流産するかもと懸念していたにも関わらず、診断された次の日からは当然、頭の中はいなくなってしまった赤ちゃんのことで頭がいっぱいでした。そこから1週間は泣くこともぼーっとしてしまうこともとても多かったです。このままでは自分の心が病にかかってしまうと思いました。しかしこの気持ちからなかなか抜け出せそうにありませんでした。憂鬱に押しつぶされる感じで、テレビをみてもつまらなく、むしろ人の楽しんでる姿に嫌悪感さえ感じてしまい気晴らしにもなりませんでした。
そんな荒んだ私ですが唯一気晴らしになったテレビ番組がひとつあります。ドリフ大爆笑の特番!なぜかこの番組だけは無心で笑える時間をくれました。私はリアルドリフ時代ではないけれどドリフのすごさに今回気づく事ができました。今となれば笑いが人を元気にするってこういうことなんだと実感することができたので良かったです。皆さんもドリフのように何も考えずに笑える番組をぜひ探してみてください!私はドリフの特番をなんと3回以上見返してしまいました。
家にいると憂鬱になる
安らぎマイホームなのに、診断されて帰った時から唯一居たくない場所となってしまいました。前日まで10ヶ月後にはここに新しい家族がいるんだなぁとリアルに感じていた場所だったからこそ、本当にきつかったです…描いてしまったHAPPYな未来がこないという寂しさと悔しさで居るだけで憂鬱に覆われてしまう、そんな感じでした。また平日は営業の仕事をしていますが、今回上司に流産の報告をしたところ(号泣しながら)体調を第一に在宅勤務で良いと配慮をしてもらいました。しかし家にいると気がおかしくなりそうだったため、コンビニ駐車場に車を停めパソコン業務をしていました。このコンビニ駐車場&車内空間は心を保つのに私にはぴったりでした。知人に会う事はないけれど車外では知らない人が入替り立代りいてくれて、人には会いたくないけれど孤独にもならないという私にはいい時間となりました。
他人の赤ちゃんがつらい
私が嫌だったベスト3をご紹介
- 抱っこ紐をしているママ
正直な気持ちをかいちゃうと、いいなぁ…という羨ましい気持ち、いいなぁ…という妬み、はぁ…というため息からの拒否感って感じです。
もともと不妊治療中も感じていた感情だけど、それ以上の強い想いとなり、こうしたマイナスの感情を持つ自分にも嫌気がさしました。しかし止められない感情でした。 - 近隣のご家庭から聞こえてくる赤ちゃんの泣き声
朝っぱらから隣の家で聞こえる泣き声は最強に憂鬱にさせる材料でしか無かったです。赤ちゃんってこんなかわいい泣き声だったっけ…なんて当たり前のことを改めて感じてしまったり、今あやしてあげてるんだろうなぁ…とか、だっこしてあげて泣き止んだんだなぁ…などめちゃくちゃ妄想女になっていました。こちらも同様、妬みですね。本当に嫌なやつになってしまいました。 - 2人っ子以上をもつ夫婦
私の場合はどうしても第2子を持ちたかったという想いが強かったので、お出かけすれば間違いなく出会う2人っ子持ち夫婦。どうしたらそこへたどり着けるんですか?と問いかけてしまっていました。これだけ2人以上の子育てしている方がたくさんいるのに、なぜ私にはこんなにも難しいことなの?と不条理だと嘆いていました。
- 抱っこ紐をしているママ
過去のやり直しを考えてしまう
今回人工受精で妊娠できたのですが、この人工受精は体外受精に失敗をしてしまい、本来であれば次は再度採卵をすることになっていたため予定にはなかったものでした。なのになぜ人工受精をしたのかというと、次の採卵は予約がいっぱいで5月にならなければ始められないという説明を受け、一日一日がもったいないと焦りを感じていた私はそれなら何もしないでいるより空いてしまうこの4月に一度人工受精を受けさせて欲しいとお願いをして決まった治療でした。もしあのとき、先生の提案通り、5月まで採卵を待っていたら、今ごろ別な卵子に出会えて元気な赤ちゃんを授かっていたかもしれない。そんな意味の無い、不確かなifもしもを考えて後悔というものを感じては考えないようにしていました。過去を後悔することこそ無意味だと生きてきたので、この選択をした自分の責任だと心を落ち着かせました。
身体的状況はこんなでした
■肥えた体型
つわりが続く
この流産後のつわりは大変私を苦しめました。妊娠継続でのつわりと、もう亡くなっているのにつわりが残っているのとではメンタル的にかなりの負荷がありました。流産を忘れたくても忘れられない残骸を残されたという気持ちになりました。早く解放してほしいとさえ思いました。
肥えた体型
ただただおデブちゃんと化した私。食べづわりだったとはいえ、こんな初期でお恥ずかしいのですがそうとう太りました。この流産の末、鏡ごしにお会いする醜い体は憎くて憎くて現実逃避したくなりました。こうなるならもっと早く教えてほしかったよ…それなら食べるの我慢したし…と意味不明な怒りを自分に感じていました。ダイエットをしなくてはならないけれどそんな気持ちにもなれないしこの体型見てられないし…と絶望的でした。
自分の心を保つための行動をつくろう
このような憂鬱な状況達との共同生活をせざるおえない中、何より心配していたのは自分を失う事でした。先ほども話しましたが心の病にかかることだけは阻止しなければという気持ちが強かったです。そんな私は以下のような行動をして徐々に明るい自分を少しずつ取り戻しました。
悩みを共有する交流をつくる
流産は隠したい方もいるかもしれませんが、私はひとりでは抱えきれないと判断しました。告白された友人は最初、なんて言葉をかけていいのかと困っているようで申し訳なかったのですが、このあと私は共有をしたことでだいぶ助けられることになりました。辛い事を言葉で誰かに言う事が少しずつだけど心を軽くしてくれる感覚を味わいました。初めのころは他人へ話すことで感情が溢れてしまう状況でしたが、共有してから連絡をとりあうことで次第に冷静さも取り戻し、自分を保つことができました。
悩みを知らない人との交流をつくる
この行動もとても私を楽にしてくれました。私の場合は仕事での先輩との電話がその行動にあたりました。仕事の連絡事項を話すと同時にいつも他愛ない話をしていたのですが、もちろん私が流産をしたことを知らない先輩は私を気遣うことは当然なく、いつも通りの他愛のない話をして楽しんでいました。私は落ち込む自分を封印し嘘でも笑ったり話を併せたりとしてました。そうするうちに、その時だけ無理矢理でも作った自分をだすことができていて、、ある意味リハビリのような時間となりました。前向きな自分を取り戻すきっかけのひとつとなりました。
嫌なものを変える
まとめ〜立ち直るきっかけをつくる必要性〜
流産を経験してすぐのときは、閉鎖的な気持ちになってしまうのではないでしょうか。人との関わりが嫌になったり、今までの生活をする事自体に苦痛を感じたり、すべてがマイナス思考になりがちかと思います。
そこから抜け出すことを意識してみてはいかがでしょうか?
私の場合は“流産を共有する交流の場”で心を軽くし友人からも力をもらい、次に真逆である“流産の悩みを知らない人との交流の場”で流産から解放された空間をもつことで自分の心のバランスをつくりだせたように感じます。次第に心に余裕ができてゆきました。その先に先ほど記載した“嫌なものとの向き合い”に進む自分に到達できました。
人の心はとても繊細だと思います。ひとつひとつすこしずつ、元の素敵なあなたに戻れるよう、なによりあなたを大切にしてみてください。
自分に戻るきっかけは自分でつくる必要があると思います。今のあなたを受け入れるあなたに早く出会えますように…
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